
非PVC輸液バッグにおける材料選定のポイント
輸液バッグ市場では世界的に非PVC材料への移行が着実に進んでいます。本記事では、輸液バッグにおける脱PVCの流れを整理したうえで、代替材料として注目されるポリオレフィン系を中心とした各素材の特性と、三菱ケミカルのZelas™シリーズが提供するソリューションをご紹介します。
医療用途におけるPVC使用の主な懸念
可塑剤(DEHP)溶出による健康への懸念
軟質PVCは、柔軟性付与のために可塑剤が添加されますが、可塑剤の中でもDEHP(フタル酸ジ-2-エチルヘキシル)は血液や脂溶性薬液との接触により溶出することが報告されています。
日本では、平成14年(2002年)、厚生労働省が医療機関に対し、PVC製医療用具からのDEHP溶出に関する通知を発出しました。新生児・乳児に使用されるフィーディングチューブについては、早期の使用中止と代替品への切り替えが推奨されている他、感受性が高い患者に対しては、優先的に代替品に切り替えるよう配慮が求められています。1)
また、EUではDEHPは「生殖毒性1B物質」として分類されていますが、2023年11月のREACH改正に伴い、医療機器におけるDEHP使用期限が改正されています(申請期限:2029年1月1日、使用期限:2030年7月1日)。2)
また、米国カリフォルニア州では「Toxic-Free Medical Devices Act」により、2030年以降、特定の医療機器でDEHP使用を禁止する方向性が示されるなど、規制・立法の動きも進んでいます。3)
地域・制度 | 規制・通知の時期 | 対象物質・材料 | 主な対象となる医療用途・製品 | 求められる対応・規制内容 | 実務上の示唆 | 根拠・引用文献 |
|---|---|---|---|---|---|---|
日本(厚生労働省) | 2002年10月17日(平成14年) | DEHPを可塑剤として含有する軟質PVC製医療用具 | 血液と接触する医療用具、脂溶性の薬液・ミルク等と接触する医療用具、特に新生児・乳児用フィーディングチューブ | PVC製医療用具では、接触する液体中へのDEHP溶出が確認されているとして、医療関係者に適正使用上の注意を喚起。新生児・乳児に使用するフィーディングチューブは、高感受性患者への曝露、脂溶性ミルク等によるDEHP溶出可能性、代替製品の存在を踏まえ、できるだけ早期に使用を中止し、代替品へ切り替えることを推奨 | 新生児・乳児、妊婦、授乳婦、長期治療患者など、DEHPへの感受性や累積曝露が懸念される患者群では、非DEHP可塑化PVCまたはPVC代替材料の優先採用を検討する。製品選定では、使用液、接触時間、温度、脂質含有量を踏まえた溶出評価が重要 | 厚生労働省「医薬品・医療用具等安全性情報」No.182 |
EU(REACH規則) | 2023年11月13日公布の欧州委員会規則(EU)2023/2482 | DEHP(bis(2-ethylhexyl) phthalate、フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)) | EU MDR(規則(EU) 2017/745)およびIVDR(規則(EU) 2017/746)の範囲に含まれる医療機器・体外診断用医療機器 | 医療機器用途のDEHPについて、REACH Annex XIVにおける最新申請期限を2029年1月1日、サンセット日を2030年7月1日に延長。サンセット日以降、DEHPを上市または使用するにはREACH認可が必要となる | EU向け製品では、単に材料をDEHPフリー化するだけでなく、変更管理、ISO 10993を含む生物学的安全性評価、E&L、性能・耐久性、MDR技術文書、サプライヤー証明書を一体で整備する必要がある。代替材が未認証・未導入の場合には、認可要否と申請戦略を早期に確認する | 欧州委員会規則(EU)2023/2482、およびECHAの案内。 |
EU(物質ハザード分類) | 現行CLP分類・REACH候補物質/認可対象物質としての管理 | DEHP | 医療機器を含むDEHP含有成形品・混合物の供給および使用 | DEHPは生殖毒性区分1B(Repr. 1B)として分類されている。医療機器ではMDR上も、CMRまたは内分泌かく乱性が懸念される物質を0.1%を超えて含有する場合、代替可能性を含む便益・リスクの正当化が重要となる | DEHPの規制対応は、REACHだけで完結しない。MDRにおけるCMR/内分泌かく乱性物質の含有正当化、ラベリングや技術文書、リスクマネジメントファイルとの整合を確認する | 欧州委員会のMDR便益・リスク評価ガイダンス更新資料。 |
米国・カリフォルニア州(Toxic-Free Medical Devices Act、AB 2300) | 2030年1月1日から | 意図的に添加されたDEHP | 静脈注射用溶液容器(intravenous solution containers) | 2030年1月1日以降、意図的に添加したDEHPを含む静脈注射用溶液容器について、カリフォルニア州内での製造、販売、または商取引への流通を禁止 | カリフォルニア向けには、輸液バッグ、IV容器、容器システムの材料構成を個別に確認する。チューブ、クランプ、ポート等を含むシステム全体が規制対象かは、法令の定義・適用除外・将来の行政解釈を確認した上で判断する | California AB 2300(州法本文) |
薬効成分吸着による含量低下の懸念
健康リスクのみならず、期待した薬効が十分に得られなくなる例も報告されています。軟質PVCの表面および可塑剤は疎水性であるため、特に脂溶性の高い薬剤(インスリン、ニトログリセリン、ジアゼパム)がチューブ内面に吸着しやすく、顕著な含量低下を招きます。実際の患者への投与量の低下やばらつきにつながるため、吸着の少ないチューブ材への切り替えが検討されています。4)5)
輸液バッグフィルムにおけるPVC代替樹脂
輸液バッグに使用される材料は、バッグの用途(単/複室・バリア/低吸着要求)や滅菌方法によって使い分けられます。以下に主要な材料の特性を整理します。
医療用バッグ向け材料の一覧
Material | Key Features |
|---|---|
PE | ✓ Gamma, EOG sterilization. |
PP | ➔ Zelas™ TPO as inner layer (7025, MC634) |
COP, COC | ➔ Zelas™ CP as inner layer (CP209) |
EVOH, PA | ➔ Zelas™ TPO as tie layer (MC787AP) |
EVA | ✓ Gamma, EOG sterilization. |
※本表は各材料群および代表グレードに関する一般的な情報です。実際の滅菌適性、薬剤・脂肪乳剤との相互作用、接合性、透明性および機械特性は、グレード、添加剤、成形条件、部材設計、滅菌条件および使用環境によって異なります。
※薬剤吸着や脂肪乳剤との相互作用に関する評価は、薬剤・製剤の種類、濃度、接触面積、接触時間、温度および流量などに依存します。最終製品での実機評価、ならびに必要に応じたE&L評価および生体適合性評価を実施してください。
PE(ポリエチレン)
PE(ポリエチレン)は、医療分野で古くから使用されてきた代表的なポリオレフィンです。低密度ポリエチレン(LDPE)や直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)は柔軟性と耐応力割れ性、ヒートシール性に優れていますが、耐熱性が低く、世界的標準な121℃以上のオートクレーブ滅菌には向いていません。
PP(ポリプロピレン)
。PP(ポリプロピレン)は、耐熱性と耐薬品性に優れ、121℃のオートクレーブ滅菌が求められるバッグに使用されます。三菱ケミカルのZelas™ TPOは、PP由来の耐熱性・耐薬品性を維持しつつ、ゴム弾性や柔軟性を付与した材料設計を行った医療向けの熱可塑性オレフィン系エラストマーコンパウンドです。特にZelas™ 7025は、ヒートシール温度によって弱シールから強シールまで段階的なシール強度の調整が可能なため、複室バッグの内層に好適です。
さらに7025にMC634を添加していくと、ヒートシール温度を低温側にシフトさせることができます。7025単体では130℃以上が必要だったシール温度が、MC634を30wt%添加することで120℃台からシールが可能になるため、MC634はヒートシール調整材として使用いただけます。Zelas™ 7025はオートクレーブ・EOG滅菌に対応しており、日本薬局方(JP7.02)、ISO10993-5および10への適合確認が済んでいます。 要望があればEPやUSPも取得可能です。

COP・COC (非晶性オレフィン)
COPやCOCは、透明性・低吸湿性・低溶出性に優れ、内容物が光や水分、吸着に対して不安定なバッグに使用されます。生物製剤やタンパク質製剤といった高分子量医薬をはじめ、インスリンやニトログリセリンなど低分子の脂溶性医薬など幅広い薬剤カテゴリーに対して吸着を極力抑えられる低吸着バッグのニーズがあります。
三菱ケミカルのZelas™ CPはCOPやCOCとは異なる非晶性ポリオレフィン系コンパウンドですが、低吸着性とヒートシール性を両立した材料です。
トコフェロール酢酸エステル(ビタミンE)を用いた吸着試験において、Zelas™CP209はPEと比べて低吸着性を示します。 また、120〜160℃の幅広いシール温度範囲でヒートシールが可能であり、従来のCOPやCOCでは難しかったヒートシール性も兼ね備えた魅力的な材料です。Zelas™CP209はEOGおよびγ線滅菌に対応し、日本薬局方(JP7.02)へは適合確認済み、要望があればEPやUSPも取得可能です。

低吸着性が求められる輸液バッグでは、内容液と接触する内層材の選定が重要です。とくに脂溶性の低分子医薬品やタンパク質医薬品は、バッグ内面への吸着によって有効成分濃度が低下する可能性があるため、製剤特性に応じた材料設計が求められます。
Zelas™ CPは、ポリオレフィン系の外層と組み合わせて使用できる低吸着性材料です。内層にZelas™ CPを配置することで、ポリオレフィンへの直接接着とヒートシールが可能となり、接着層(タイレイヤー)を用いないバッグ構成を提案できます。これにより、構成層数の削減や材料設計の簡素化に加え、内容液に接触する内層を低吸着性材料として設計できます。
脂溶性低分子医薬品向け
脂溶性の低分子医薬品を想定した評価では、トコフェロール酢酸エステルを用い、50℃・2週間の条件で押出フィルムの薬物吸着量をHPLCにより定量しました。社内評価の結果、LLDPEでは薬物吸着率が約9%であったのに対し、CP208では約2%に低減しました。
この結果は、CP208をバッグ内層に適用することで、脂溶性低分子医薬品の容器内面への吸着を抑制できる可能性を示しています。ビタミン類など、疎水性相互作用による容器材料への吸着が課題となり得る製剤において、CP208は低吸着バッグ用内層材の候補となります。
タンパク質医薬品向け
タンパク質医薬品を想定した評価では、BSA(ウシ血清アルブミン)1.0 mg/mL溶液を37℃で30分間接触させ、押出フィルム表面へのタンパク質吸着量をµ-BCA法により評価しました。LLDPEのタンパク質吸着量が約0.40 µg/cm²であったのに対し、CP209では約0.04 µg/cm²であり、約90%低い値を示しました。
このことから、CP209はタンパク質の非特異的吸着を抑える内層材として有望です。タンパク質医薬品、バイオ医薬品、細胞培養関連液など、微量成分のロスや投与濃度の変動をできる限り抑えたい用途で、容器接液面の材料候補として検討できます。

EVOH・PA(ポリアミド)
EVOHは、ガスバリア性に優れ、内容物を酸化・変質から守る酸素バリアバッグに使用されます。またPA(ポリアミド)は、耐衝撃性や耐ピンホール性に優れ、バッグとしての強度を保ちます。
ただし、EVOHやPAはポリオレフィンなどのヒートシール層と多層構成にするとポリオレフィン系材料との接着性が悪く、層間剥離(デラミネーション)が生じやすいという課題があります。そんな時に使えるのがZelas™の接着層向けグレードMC787APです。
MC787APをPPとEVOH(PA)の接着層として使用すると、ポリオレフィンに接着するポリオレフィン骨格と、グラフト反応によって付与された極性基がEVOH・PA・PET・金属など極性材料に結合することで、強固な層間接着を実現します。 MC787APはオートクレーブ・EOG滅菌に対応しており、日本薬局方(JP7.02)へは適合確認が済み、要望があればEPやUSPも取得可能です

EVA(エチレン・酢酸ビニル共重合体)
EVAは、エチレン・酢酸ビニル共重合体で、特にTPN(全静脈栄養)用IVバッグ材料として多くの実績があります。ガス透過性が比較的大きいため、酸素や水蒸気バリアが要求される用途では、PPやCOC/COPとの多層化が検討されます。
ポリオレフィン系の輸液バッグ向け材料をお探しなら
三菱ケミカルのZelas™シリーズは、医療・製薬分野向けに30年以上の市場実績を持つ医療向けコンパウンド材料です。材料選定・評価データの提供から、各国薬局方(EP・USP)・生体適合試験(ISO10993)・DMF対応のドキュメントサポートまで、開発フェーズに応じた技術サポートを行っています。
本記事で紹介した輸液バッグ向けのラインナップは、用途に応じた以下の3つのカテゴリに整理されます。非PVC輸液バッグの材料設計でお悩みの方は、ぜひお問い合わせください。
用途 | グレード | 主なポイント |
複室バッグ (イージーピール内層) | Zelas™ 7025、MC634 | シール温度でシール強度を制御。 低温シフトにはMC634を添加 |
酸素バリアバッグ (接着層) | Zelas™ MC787AP | ポリオレフィンとEVOH/PAの強固な層間接着を実現 |
低吸着バッグ(内層) | Zelas™ CP208、209 | COPと同等以上の低吸着性 ヒートシール加工性を両立 |
参考文献
1)独立行政法人医薬品医療機器総合機構,医薬安発第1017002号”ポリ塩化ビニル製の医療用具から溶出する可塑剤(DEHP)について https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/devices/0116.html
2)European Commission. Commission Regulation (EU) 2023/2482 of 13 November 2023 amending Regulation (EC) No 1907/2006 of the European Parliament and of the Council as regards the substance bis(2-ethylhexyl) phthalate (DEHP) in medical devices. Official Journal of the European Union, L 2023/2482, 14 November 2023. https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2023/2482/oj
3)California State Legislature. Assembly Bill No. 2300, Chapter 562: Medical devices: Di-(2-ethylhexyl) phthalate (DEHP). Approved by Governor September 25, 2024. California Health and Safety Code, Division 104, Part 3, Chapter 18, Sections 109050-109052. https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billNavClient.xhtml?bill_id=202320240AB2300
4)Treleano, A. ; Wolz, G.; Brandsch, R.; Welle, F. Int. J. Pharm., 2009, 369, 30-37.
5) Baker, R. C.; Josephson, R. L. Drug Intell. Clin. Pharm., 1983, 17, 726–731.



