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医療機器材料の血液適合性を考える(全3回)#2

第2回|中間水とは何か?─PMEA研究から生まれた生体適合性の新しい考え方

PMEAや生体(高)分子が血液と穏やかに共存できる理由——その答えは「水の状態」にあった。

田中賢教授が1998年のとある論文との出会いをきっかけにDSC測定を独学で始め、材料中の水を「自由水」「不凍水」「中間水」の3種類に分類する新たな視点を切り開いた。PMEA・MPCポリマー・PEGという合成高分子から、DNA・RNA・ヒアルロン酸まで、生体適合性の高い材料に共通する「中間水の存在」。

この発見は、血液適合性評価を現象論から脱却させ、設計指標として測定可能な概念に昇華させた。医療機器の表面設計に携わる技術者に、材料と生体界面を考える新しい視点を提供する第2回。

「なぜ血液適合性が良いのか」を説明したい──現象論の壁

喜屋武: 前回は、PMEAが教科書の常識を覆すデータを示すこと、そして石原先生の論文をきっかけにDSC測定を始めたところまでお話しいただきました。そこからどう展開していきましたか。

田中教授: PMEAの実用化自体は着実に進んでいました。

ただ、医療現場へ行くと必ず聞かれるんです。「なぜ良いのですか?」と。

臨床データも評価データもある。でも「なぜタンパク質が変性しにくいのか」「なぜ血小板がつかないのか」をメカニズムとして説明できない。そこが大きな壁でした。

表面自由エネルギーや親水・疎水性で説明しようとしても、データが合わない。どうしても現象論に留まってしまっていました。

DSC測定との格闘──専門外から踏み込む

喜屋武: 石原先生の論文に「水が大事だ」と書いてあって、DSCを独学で始めたわけですね。

田中教授: 最初は全くうまくいきませんでした(笑)。DSCは本来の専門分野ではありませんから、測定条件も分からない。PMEAは粘り気があるので、アルミパンにきれいに封入するだけでもひと苦労。サンプリングも試行錯誤の連続でした。でもやってるうちにだんだんコツがわかってきて、含水PMEAを測ったら含水PEGとそっくりのピークが繰り返し出るようになった。「コールドクリスタリゼーション」——低温で結晶化する挙動——が再現性良く現れたんです。

喜屋武: そのピークを他の材料でも比較していったわけですね。

田中教授: PMEAPHEMAMPCポリマー、PEGと比較していきました。その結果、生体適合性が高い材料には共通して、そのピークが出る一方、PHEMAではほとんど出ない。それが決定的でした。

含水率はPHEMAのほうがはるかに高いんです。ところが期待したピークはあまり現れない。「水が多いこと」と「生体適合性が高いこと」は、イコールではないということが見えてきました。

喜屋武: 「親水性が高ければ良い」という教科書の説明が、ここでも覆されるわけですね。

田中教授: そうなんです。含水率という量ではなく、水の「状態」が大事だということです。

DNAやタンパク質にも共通していた──仮説が普遍性を帯びる

喜屋武: 解析対象をさらに広げると、どんなことが見えてきましたか。

田中教授: 合成高分子だけでなく、生体(高)分子にも対象を広げました。DNA、RNAなどの核酸、ヘパリン、ヒアルロン酸などの多糖、アルブミンなどのタンパク質です。つまり、生体を構成する分子にも同様の特徴が見られました。

生体分子か合成高分子かに関わらず、生体適合性が高い材料には共通して同じ水の挙動がある——そこで初めて、「何か普遍的な法則があるのではないか?」という仮説が生まれました。

喜屋武: その仮説が確信に変わっていくのはいつ頃ですか。

田中教授: 「7割、8割かもしれない」という感覚がだんだん積み上がっていく感じでした。しかし、100%にはなかなかならない。さらに、細胞レベル・タンパク質レベルのデータも揃えて中間水量と相関係数を取ってみると、特に血液細胞では綺麗に出てくる。そうなってくると「例外が出てこない」という確信に変わっていきました。

中間水とは?

水は一般に、自由水(Free Water不凍水(Bound Water2種類に分類されてきた。

·       自由水:ほぼ純水と同じ挙動を示し、0℃付近で凍る水

·       不凍水:高分子の親水基に強く束縛され、冷却しても凍らない水

田中教授が見出した 中間水(Intermediate Water は、その中間に位置する第三の状態。

材料に弱く結合し、0℃では凍らないが、低温(−30℃以下)に冷やすと結晶化するという特異な挙動を示す。DSCで測定するとコールドクリスタリゼーション(低温結晶化)として観察される。

「自由水でもない、不凍水でもない。その中間的な状態の水が材料表面を覆うことで、生体から見えにくくなるような役割を果たしているのではないかと考えています。」——田中賢教授

なぜ中間水が生体適合性に関係するのか

喜屋武: 中間水が存在することで、何が変わるのでしょうか。

田中教授: 中間水は「余計な相互作用を減らす」役割を持つと考えています。

• 不要なタンパク質吸着・変性を抑える

• 不要な血小板粘着を抑える

• 不要な細菌付着・炎症反応を抑える

一方で、本来必要な分子認識——特異的な受容体結合など——は適切な条件のもとでは起こりうる。その微妙なバランスを支えているのが中間水ではないか、ということです。

喜屋武: 生体側から見れば、「なんでもかんでもくっついてしまう表面」ではなく、「必要な相手だけ認識できる表面」が理想。その調整役が中間水というイメージですね。

田中教授: まさにその通りです。材料設計の観点では、「中間水をいかに形成させるか」が、生体適合性を高めるための新しい設計指標になる。DSCで測定可能な、定量的な指標です。

医療機器開発への示唆──界面設計という視点

喜屋武: 現在、血液接触デバイスだけでなく、センサー・ドラッグデリバリー・マイクロ流体デバイスなど、多くの分野で表面設計が重要になっています。

田中教授: 中間水の考え方は、「どの材料を使うか」だけでなく、「材料と生体の界面をどう設計するか」という視点を提供してくれます。含水率や接触角だけでは説明できない違いが、中間水量で説明できる。これが「生体適合性材料の新しい考え方」です。

次回予告

PMEAの血液適合性が中間水という概念で説明できるようになった。しかし製品化と基礎研究をつなぐのは、簡単ではない。

第3回では、論文化が医療現場との橋渡しになっていく経緯、鶴田禎二先生との出会い、そしてAI時代に研究者に求められる視点と産学連携の価値について掘り下げます。

技術用語解説

中間水(Intermediate Water)
自由水でも不凍水でもない中間的な状態の水。所定の水素結合構造および運動性を有し、材料表面と弱く相互作用する。PMEAやMPCポリマーなど生体適合性材料に共通して観測される。

自由水(Free Water)
ほぼ純水と同じ挙動を示す水。0℃付近で凍結・融解する。材料との相互作用が弱い。

不凍水(Non-freezing Bound Water)
高分子の親水基などに強く束縛され、冷却しても凍結しない水。材料の極性基と強く相互作用している。

DSC(Differential Scanning Calorimetry/示差走査熱量測定)
材料中の熱的変化を解析する手法。材料と水を混合した系を測定することで、自由水・不凍水・中間水の存在と量を定量的に評価できる。

MPCポリマー(Phosphorylcholine-based Polymers)
リン脂質の極性基(phosphorylcholine)を模した基を側鎖に持つ高分子。優れた生体適合性を持ち、血液接触材料や医療用コーティングに用いられる。

タンパク質吸着(Protein Adsorption)
血漿タンパク質が材料表面に付着する現象。吸着量だけでなく、吸着後のタンパク質変性の程度が血小板活性化・補体反応に影響する。

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