
医療機器材料の血液適合性を考える(全3回)#3
第3回|AI時代の研究者に必要な視点と産学連携──良い製品の背景には良いサイエンスがある
PMEAと中間水の物語は、単なる材料発見のストーリーではない。製品が先行し、サイエンスが後から追いつき、論文化によって医療現場との信頼が生まれる——このサイクルこそが、医療材料開発の本質である。
最終回では、故・鶴田禎二先生との出会いと「サイエンスの前に人格なし」という言葉の意味、AI時代だからこそ問われる「問いを立てる力」、そして大学・企業・医療現場が連携することで初めて価値が生まれる産学連携の構造を掘り下げる。
コーティングの限界と「基材そのものに生体適合性を持たせる」設計への転換点まで、医療機器開発に携わるすべての技術者に届けたいメッセージが詰まった全3回の集大成。
納得できるサイエンスがそこにあるのか?──医療現場が求めたもの
喜屋武: 前回は中間水コンセプトが生まれるまでの実験の軌跡をお話しいただきました。
一方で、PMEAの実用化自体は先に進んでいたんですよね。
田中教授: その通りです。製品化は着実に進んでいました。臨床データも性能評価データもある。
しかし医師は自分の担当する患者さんに使う立場ですから、
「なぜその性能が出るのか?」「本当に安全なのか?」というメカニズムが納得できるものでないとダメで、
性能だけでは医師に使ってもらえない状況に直面しました。
「合成高分子=人工物は生体にとっては異物反応を起こすので、なるべく排除するべき」
と医学の教科書で書かれている。
その教えを受けた医師の先生方の固定概念を変えるためには、しっかりした理論が必要でした。
喜屋武: 科学的根拠・再現性・メカニズム、この三つが揃って初めて医療現場に届くわけですね。
田中教授: そうです。PMEAも「良い材料です」で終わるのではなく、その背景にあるサイエンスを示す必要がありました。
製品・サイエンス・医療現場がつながる瞬間
喜屋武: PMEAの血液適合性に関するBiomaterials誌の論文、そしてその後の中間水研究の論文は、単なる学術成果ではなかったと。(引用文献2,3、4)
田中教授: 論文が出た後に変化が起きました。医師の方々から「論文が出たなら使ってみよう」という反応をいただくようになったんです。論文では、タンパク質吸着・変性・血小板粘着の関係を整理して示しました。さらに中間水研究によって「なぜそうなるのか」を説明する視点も加わった。そのとき初めて、「製品」「サイエンス」「医療現場」が一つにつながったと感じました。
喜屋武: 先生がよくおっしゃる「良い製品の背景には良いサイエンスがある」という言葉そのものですね。
田中教授: 今でもそう思っています。
良い製品の背景には必ず良いサイエンスがあるはずです。そして、良いサイエンスは将来の良い製品につながる。
現場の課題から出発し、材料を開発し、評価する。その過程で新しい疑問が生まれ、それを研究する。その知見がまた新しい技術へとつながる。医療材料・機器の研究開発は、その循環を回し続けることだと思っています。
工場への配属──企業研究者としての原体験
喜屋武: 先生は企業の医療機器メーカーから大学に移られています。企業時代、研究の軸になった現場での経験とはどんなものでしたか。
田中教授: 一番大きいのは工場への配属です。研究者として入社したわけですが、同期で一番最初に工場勤務の辞令が出たのが私だったんです。正直、奈落に落ちた気分でした(笑)。三交代勤務で、ひたすら生産管理をするわけです。最初はもう義務感だけでした。
喜屋武: それが後に「宝だった」と言えるようになった。
田中教授: 医療機器の品質保証がどれだけ本気で大変か——人の命に直接関わっていいる製品開発の生産現場での考え方——が身に染みて理解できました。「この研究はいつか必ず製品になって患者さんのもとに届かないといけない」という感覚は、あの工場経験がイニシエーションになっています。今でも学生にそう話しています。

研究を支えたメンター──「サイエンスの前に人格なし」
喜屋武: 中間水研究を長年続けられた背景には、故・鶴田禎二先生(東大名誉教授)の存在も大きかったそうですね。
田中教授: 非常に大きかったです。鶴田先生は日本の高分子バイオマテリアルの礎を作られた方です。私は鶴田先生の研究室出身ではありませんし、弟子でもありません。それでも論文や学会発表を通じて私の研究を知ってくださり、「これはどうなりましたか」「その後はどうなりましたか」と声をかけ続けてくださったんです。当時の私は別のテーマも抱えていましたから、中間水研究を続けてこられたのはこうしたメンターの存在があったからだと思います。
喜屋武: 鶴田先生が若手研究者の面白い研究を次々に見つけられる理由を別の先生が聞かれたそうですね?
田中教授: 日本バイオマテリアル学会で企画された鶴田先生の特別講演でそのような質問が出たんです。会場の多くの人は特別なノウハウが聞けると思っていたはずです。ところが鶴田先生はしばらく考えた後、「自然にそうなるんですね」とだけおおっしゃられました。その時、会場内は一瞬、静けさに包まれました。鶴田先生へ質問された先生はフリーズされていました(笑)。今振り返ると、鶴田先生は、常に強い問題意識と好奇心を持って研究に向き合っておられたから、本質的な問いを持つ研究が自然と目に入ってきたのだと思います。
田中教授: また、鶴田先生の門下生の間では「サイエンスの前に人格なし」という言葉がよく知られていました。もちろん人格を否定する意味ではありません。むしろ鶴田先生は非常に温厚で、人を大切にされる人格者でした。でもサイエンスの議論になると、年齢・所属・肩書に関係なく、「その研究は本質的な問いを持っているか」で評価された。だからこそ多くの若手研究者がエンカレッジされたのだと思います。
AI時代だからこそ問われる研究者の価値
喜屋武: 近年はAIが研究開発にも広く活用されるようになりました。
田中教授: AIは非常に便利です。論文検索も情報整理もできる。ただ、AIが扱えるのは「すでに世の中に存在している知識」です。論文になっていないこと、誰も測定したことがない現象、誰も気づいていない違和感——そういったものはAIからは出てきません。PMEAや中間水も最初はそうでした。研究の最前線は、まだ誰も知らない領域です。そこは実験して、自分で考えるしかない。
喜屋武: 企業の研究者からは、学会発表や論文発表の機会が限られるという声もよく聞きます。
田中教授: 可能な範囲で良いので発信してほしいと思います。発信しなければ誰にも見つけてもらえません。私自身も、論文や学会発表を続けていたからこそ、鶴田先生に見つけていただくことができました。発信は新しい共同研究や出会いのきっかけになります。

産学連携が生み出す価値──役割の違いを認め合う
喜屋武: 今回の対談を通じて、産学連携の重要性も強く感じました。
田中教授: 大学と企業は役割が違います。大学は本質を追究する。企業は社会実装する。どちらが偉いという話ではありません。医療機器開発では、材料メーカー・医療機器メーカー・大学・医療現場が連携することで初めて新しい価値が生まれます。PMEAや中間水の研究も、まさにそうした連携の中で育ってきたものです。
コーティングの限界──Zelas™AMPの可能性
喜屋武: 現在の医療機器向け材料・コーティング開発を見ていて、「ここはまだ課題だ」と感じる部分はどこでしょうか。
田中教授: 大きく二つあります。一つはコーティングそのものの限界。剥離する可能性がああります。複雑形状の製品の表面には均一にコーティングするのは困難です。工程が増えることでコストと品質保証の負担も増えます。もう一つは、欧米ではヘパリン依存が続いていること。日本は合成高分子への転換が比較的進んでいますが、グローバルで見るとヘパリンコーティングが依然主流です。
喜屋武: 「基材そのものに生体適合性を持たせる」設計が本来あればいい、ということですね。
田中教授: そう思っています。コーティングは後加工となり、コスト的に有利といえません。本来は材料そのものに中間水を形成する構造があれば、形状が複雑でも均一に性能が発現するし、剥離リスクもなくなる可能性があります。
喜屋武:弊社が開発したZelas™ AMPは、まさにその設計思想をベースに長年、田中先生と一緒になって効果検証してきました。 PVCやPUなどの汎用基材にコンパウンドするだけで中間水形成能を発現できるため、
Zelas™ AMP は「生体適合化=コーティング」という従来の常識に風穴を開ける革新的な材料になると確信しています。
医療機器技術者へのメッセージ
喜屋武: 最後に、医療機器技術者や研究者に向けてメッセージをお願いします。
田中教授:問題意識を持ち続けること。 実験すること。 発信すること。この三つが大切だと思います。
そしてもう一つ、「見えないものを見る努力をすること」です。
PMEAも中間水も、最初から答えが見えていたわけではありません。
日々の実験の中で感じた小さな違和感を問い続けた結果として生まれたものです。
医療機器開発は患者さんの安全とQOL向上に直結する仕事です。
だからこそ、単に性能の高い材料を作るだけではなく、「なぜその性能が発現するのか」を理解し、科学として蓄積し、医療現場へ届けることが重要なのだと思います。
引用文献
- Ishihara, K., Nomura, H., Mihara, T., Kurita, K., Iwasaki, Y. and Nakabayashi, N. (1998), Why do phospholipid polymers reduce protein adsorption?. J. Biomed. Mater. Res., 39: 323-330. https://doi.org/10.1002/(SICI)1097-4636(199802)39:2<323::AID-JBM21>3.0.CO;2-C
- Tanaka M, Motomura T, Kawada M, Anzai T, Kasori Y, Shiroya T, Shimura K, Onishi M, Mochizuki A. Blood compatible aspects of poly(2-methoxyethylacrylate) (PMEA)—relationship between protein adsorption and platelet adhesion on PMEA surface. Biomaterials. 2000;21(14):1471–1481. doi:10.1016/S0142-9612(00)00031-4.pmc.ncbi.nlm.nih+1
- Tanaka M, Motomura T, Kawada M, Anzai T, Kasori Y, Shimura K, Onishi M, Mochizuki A, Okahata Y. A new blood-compatible surface prepared by poly(2-methoxyethylacrylate) (PMEA) coating—protein adsorption on PMEA surface. Jpn J Artif Organs. 2000;29(1):209–216. doi:10.11392/jsao1972.29.209.cir.nii.ac
- Tanaka M, Motomura T, Ishii N, Shimura K, Onishi M, Mochizuki A, Hatakeyama T. Cold crystallization of water in hydrated poly(2-methoxyethyl acrylate) (PMEA). Polym Int. 2000;49(12):1709–1713. doi:10.1002/1097-0126(200012)49:12<1709::AID-PI601>3.0.CO;2-L.
技術用語解説
生体適合性(Biocompatibility)
材料が生体と接触した際に毒性・炎症・免疫反応などを引き起こさず、目的とする機能を果たす能力。血液適合性はその中でも「血液接触」に特化した概念。
表面自由エネルギー(Surface Free Energy)
材料表面のエネルギー状態を表す指標。接触角測定などから推定される。従来は血液適合性説明に用いられてきたが、PMEAなどではこれだけでは説明が不十分な場合がある。
産学連携
大学(基礎研究・本質追究)と企業(社会実装・製品化)が役割を分担しながら協力する研究開発の形態。医療機器分野では材料メーカー・医療機器メーカー・大学・医療機関の四者連携が理想形とされる。
Zelas™ AMP(三菱ケミカル)
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