
医療機器材料の血液適合性を考える(全3回)#1
血液接触医療機器に共通する課題「血液との相互作用」。1990年代、ヘパリンコーティングが血栓防止の王道とされてきたが、2000年代、BSE(牛海綿状脳症)問題を機に合成高分子による代替が急務となった。九州大学・田中賢教授が企業研究者として血液適合性材料の開発の従事していた際に、教科書の常識を覆すPMEA(ポリ(2-メトキシエチルアクリレート))の優位性に気づく。
タンパク質変性・血小板粘着データが示す「現象論では説明できない違和感」——その答えを求める旅が、中間水コンセプトへとつながっていく。医療機器材料の設計に携わるすべての技術者に届けたい、血液適合性研究の原点に迫る。
プロフィール

田中賢 教授
九州大学 先導物質化学研究所・工学府応用化学専攻
医療用高分子・ソフトバイオマテリアル分野の研究者。PMEAと中間水コンセプトの研究を牽引し、血液接触医療機器の材料設計に大きく貢献してきた。
医療機器メーカーでの研究・開発を経て、九州大学先導物質化学研究所ソフトマテリアル学際化学分野の教授として産学両方の経験を活かした研究・教育に取り組んでいる。

喜屋武 綾子(インタビュアー)
三菱ケミカル株式会社 CPDテクノロジー(日本)センター
三菱ケミカルにて医療材料の開発に携わり、血液接触材料・生体適合性をテーマとし新規抗血栓性エラストマーの開発に従事
なぜ血液は医療機器に付着するのか
喜屋武: 先生はこれまで医療用高分子・ソフトバイオマテリアルの研究に長く取り組んでこられました。そのスタートはどんなところにあったのでしょうか。
田中教授: 最初のキーワードはヘパリンです。ヘパリンは生物が作る硫酸化多糖の一種で、抗凝固活性が生理学的にすでに知られていましたから、医療の現場では「ヘパリンを様々な医療機器の表面に共有結合させれば血栓を防げる」という発想がありました。90年代後半まではそれが一つの王道でした。
喜屋武: それがBSE問題で変わったとお聞きしましたが?

田中教授: その通りです。BSEの問題が90年代後半から2000年代初めに一気に表面化しました。牛・豚などの動物由来の生体(高)分子を医療機器に使用することのリスクが問われ、厚生労働省の方針も変わった。しかし、患者さんは待っているわけですから、止めるわけにいかない。そこでチームで「人工ヘパリン」というキーワードのもと、合成高分子でヘパリンの機能を代替できないかという方向に動き出しました。私だけでなく、チームを組んでやっていましたので。
喜屋武: ヘパリンは生体(高)分子ですから、合成高分子で再現するのはかなりチャレンジングな挑戦だったように思います。
田中教授: 今振り返っても相当チャレンジングです(笑)。しかし当時、教科書の説明——「ヘパリンが抗凝固活性を持つのはこういうメカニズムだ」——が全てではないかもしれないという仮説が私の中にあった。別のメカニズムがあるとすれば、合成高分子でも作れるんじゃないかと。天邪鬼といえばそれまでですが、新しいことをやりたいという気持ちが先に立っていました。
PMEAとの出会い──教科書のデータと実験結果が一致しなかった
喜屋武: その仮説を確かめるために、何から始めたのですか。
田中教授: まず当時論文でよく出ていたPHEMA(ポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート))に注目しました。ソフトコンタクトレンズにも成分として使用されている親水性のハイドロゲルで、「血液適合性がそこそこ良い」ことが知られていました。
ヘパリンと比べてどうだろうかと考えました。そこで毎日5サンプルを仕込んでは合成し、精製して……という地道な有機合成・高分子合成を繰り返したんです。本当に泥臭い実験でした。
喜屋武: それで何が見えてきましたか。
田中教授: 驚いたのは血液適合性に関するデータです。
教科書や論文には「親水性の高分子材料のほうが血液適合性が良い」と書いてある。
ところが自分が取得したデータでは、PHEMAより疎水的なPMEAのほうが明らかに良かったんです。
「この傾向は、これまでの常識と異なるのではないか」と。血小板粘着数も少ないし、補体の活性化も抑えられている。しかし、その理由がわかりませんでした。
喜屋武: タンパク質レベルで調べても?
田中教授: タンパク質の吸着量や吸着したタンパク質の変性度を調べると、
PMEAのほうがPHEMAより変性が起こりにくい結果が得られました。吸着タンパク質の変性度と血液適合性との相関については論文でも知られていましたので、自分のデータは間違っていないとわかりました。
しかし、「なぜタンパク質が変性しにくいのか?」を説明する論文が見つかりませんでした。当時のタンパク質吸着研究はほぼ全部「現象論」で、「吸着量がこうでした」「変性度がこうでした」という記述はあっても、その理由は表面自由エネルギーや親水・疎水性で説明しているだけ。少なくとも自分のデータの説明にはなっていませんでした。
「水が大事かもしれない」──転機となった一本の論文
喜屋武: そこで「水」に着目するようになった。
田中教授: きっかけは1998年に出版された一本の論文です。
石原一彦先生と中林宣男先生らの共著で(引用文献1)
「Why do phospholipid polymers reduce protein adsorption?」という論文でした。
タイトルに「Why」という疑問が入っている。
「なんだこれは!まさに自分が抱いている問いじゃないか」と思いました。
読んでみると「水が大事だ」と書いてある。水が重要という発想は当時、当たり前のことでした。どのような材料表面にも水は必ず存在するからです(笑)。
喜屋武: でもそこから何かが変わった。
田中教授: 論文にDSC(示差走査熱量測定)のデータが載っていて、「自由水」という概念が提唱されていました。会社の中に古いDSCが一台あったので、自分で見よう見まねで測り始めました。全然うまくいかなくて(笑)。アルミパンのシールも失敗の連続で。でもやってるうちにだんだんできるようになりました。
含水PMEAを測ったら、含水PEG(ポリエチレングリコール)とそっくりのピークが検出されました。「コールドクリスタリゼーション」——今の言葉でいう中間水に由来するピーク——が、何度測っても再現性良く検出されました。
喜屋武: そのピークに意味があると感じたのはいつですか。
田中教授: 最初は半信半疑でした。「たまたまかもしれない」という気持ちが50%ある。しかし「ひょっとしたら」という気持ちも50%ありました。そこで止めずに続けられたのは、その「ひょっとしたら」があったからだと思います。「中間水」という専門用語の定義と、その詳細な意味については——次回、詳しくお話しします。

次回予告
PMEAで特異なDSCピークが繰り返し現れた。他の合成高分子ではほとんど観測されませんでした。一方、PMEAやMPC(リン脂質)ポリマー、生体高分子には共通して多くの中間水が観測されました——この違いは何を意味するのか。
第2回では「中間水とは何か」を、実験データと材料比較を通じて掘り下げます。
引用文献
- Ishihara, K., Nomura, H., Mihara, T., Kurita, K., Iwasaki, Y. and Nakabayashi, N. (1998), Why do phospholipid polymers reduce protein adsorption?. J. Biomed. Mater. Res., 39: 323-330.
技術用語解説
BSE問題
1990年代のBSE問題は、牛由来材料を使う医療機器・医薬品に、原産国、組織、飼育・屠畜、製造工程、ロット追跡の厳格な管理を定着させた。合成高分子と異なり、化学的品質に加え、ウイルス、細菌、TSE/BSE等の生物由来リスクをサプライチェーン全体で評価する必要がある。ヘパリンは主に豚腸粘膜由来だが、医療機器では動物種の真正性、OSCS等の不純物試験、供給者監査、受入・変更管理が必要となる。牛由来成分が関与する場合は、TSE/BSEリスクを別途評価する必要がある。
血液適合性(Blood compatibility)
血液と接触した際に血栓形成・炎症・溶血などを抑制する材料特性。ISO 10993-4に基づき、血小板粘着・凝固系マーカー・補体活性化・溶血などで評価される。
ヘパリン(Heparin)
牛・豚の臓器(主に腸粘膜)から抽出される硫酸化多糖。強力な抗凝固活性を持ち、医療機器表面のコーティング材料として広く用いられてきた。BSE問題以降、動物由来リスクへの懸念が高まった。日本では代替材料、合成高分子材料への置き換えが進んだ。
PMEA(Poly(2-methoxyethyl acrylate))
2-メトキシエチルアクリレートを重合したアクリル系高分子。血小板粘着・タンパク質変性が少なく、血液適合性に優れる。人工心肺・ECMO・透析・カテーテル・ステントなど血液接触医療機器材料として用いられる。
ポリHEMA(Poly(2-hydroxyethyl methacrylate))
ソフトコンタクトレンズに用いられる親水性高分子。含水率は高いが「親水性が高ければ血液適合性が高い」とは限らない代表例として言及される。
タンパク質変性(Protein Denaturation)
タンパク質が材料表面に吸着した際に立体構造が変化し、本来の機能を失うこと。変性タンパク質は血小板や免疫系に「危険なシグナル」として認識され、血栓形成や炎症の引き金になる。
DSC(Differential Scanning Calorimetry/示差走査熱量測定)
試料と基準物質の熱流差を測定し、融解・結晶化・ガラス転移などを解析する手法。材料と水を混合した系を測定することで、自由水・不凍水・中間水の存在を間接的に評価できる。


