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臨床ニーズから始まるZelas™ AMP開発ストーリー#3

第3回:放置されていた課題に材料で挑む

大阪大学ジャパンバイオデザインを通じて心臓血管外科の現場に入り、第1回では小口径人工血管と血栓の課題、第2回では感染・バイオフィルム・抗凝固療法という日常的なジレンマを中心にお伝えした。

第3回では、そうした経験を踏まえて、抗血栓性熱可塑性エラストマー「Zelas™ AMP」という材料の研究開発・事業化への挑戦がどのように始まり、現在も大学との共同研究を通じてどこまで検証が進んでいるのかを、桝田医師と事業開発リーダーの佐伯の対談で掘り下げていく。

臨床現場観察から見えた「材料メーカーとしての役割」

―― バイオデザインの経験を通じて、佐伯さんの中で一番大きく変わったのはどの部分だったのでしょうか。

佐伯: 一番大きかったのは、「自分たちだからこそ、本気で取り組める領域があるのではないか」と思えるようになったことです。心血管分野には、血栓や感染、小口径血管や人工弁、ECMOや持続透析など、現場では以前から課題として認識されながら、なかなか解決されてこなかったテーマがいくつもあることを知りました。バイオデザインで臨床現場を観察する中で、「ここは誰かがやらないといけないけれど、なかなか手が挙がりにくい領域なのだ」と感じるようになりました。

一方で、医療機器で使われている素材に目を向けると、血液に触れる医療機器では、塩化ビニル樹脂やウレタン樹脂が血液回路やカテーテルなどに広く使われています。インドの医療用塩化ビニル樹脂事業や米国の医療用ウレタン樹脂事業がグループの一員となり、こうした素材が私たちの医療素材の事業ポートフォリオに実際のビジネスとして加わりました。

塩化ビニル樹脂は比較的血液適合性が良く、血液バッグや血液回路、ECMOや人工心肺の回路などに古くから使われてきました。また、ウレタン樹脂は柔軟性や機械特性に優れていて、カテーテルや場合によっては人工血管といった用途にも用いられています。バイオデザインで見た現場の課題に加えて、こうした既存素材の事業を自分たちがすでに担っていることを踏まえると、「これは空論ではなく、素材メーカーとして実際に価値提供できるポジションにいるのではないか」と思えるようになりました。この課題に正面から取り組める立場にいるのは、むしろ私たちなのではないか、と。既存の素材そのままで、血液適合性(抗血栓性)をどこまで高められるか、そしてそれを医療機器メーカーや加工メーカーが「本当に使える材料提案」にするにはどうすればいいか?その問いから、Zelas™ AMPの開発~事業化が始まりました。

抗血栓コンパウンドの可能性

―― 一般的な抗血栓性材料では、「新しい素材でスペックを一気に引き上げる」といったアプローチも多いと思います。Zelas™ AMPはどういうコンセプトを基に開発されたのですか?

佐伯:まずは医療機器メーカーの製造現場で何が行われているか、という視点から考えました。血液に触れる医療機器では、抗血栓性の機能はヘパリンや合成系コーティングによって補われてきました。コーティング自体は非常に有効な手段ですが、専用設備や追加工程が必要で、コストや管理負荷も大きいため、実際には一部の高額な医療機器を中心にしか採用されてこなかったという側面もあります。

その結果として、多くの一般的な医療機器や、新興国のように医療コストをかけにくい地域では、「より抗血栓性が高い材料へ」と分かっていても、選択肢がない状態です。

私たちは、さまざまな樹脂や添加剤を混ぜて機能を持たせる配合設計を得意としています。そこで、「抗血栓性についても、コーティングに頼らず樹脂側の性能として底上げできれば、コスト制約の厳しい現場にも、より良い素材を広く届けられるのではないか」と考えたのが、Zelas™ AMPの出発点です。新興国などの医療に十分かなコストが払えない市場への導入も比較的容易と考えています。

Zelas™ AMPのキーポリマーは、親水性構造由来の血液適合性と、疎水性構造由来の基材親和性を併せ持つ両親媒性のポリマーです。このキーポリマーを塩化ビニル樹脂やウレタン樹脂といった基材にコンパウンドすることで、抗血栓性や低タンパク質吸着性、低細菌付着性といった機能を、樹脂そのものの特性として付与できるようにすることを目指しています。

つまり、「医療機器メーカーの皆さまがすでにお使いの樹脂に、我々の持つコンパウンドテクノロジーというお家芸で抗血栓性を組み込んでいく」のが、Zelas™ AMPの開発キーコンセプトです。その結果として、製造現場ではコーティング工程や管理負荷を減らし、高額な機器に限られていたレベルの抗血栓性を、高額な製造コストを許容できない医療機器や、新興国のような医療コストを抑えたい現場にも広げていければと考えています。

大阪大学・九州大学との共同研究、そしてこれから

―― 大阪大学との共同研究では、どのような評価からスタートしているのでしょうか。

佐伯: 大阪大学との共同研究も、まだ始まったばかりです。血栓やバイオフィルムをどういう条件で評価すれば、塩化ビニル樹脂やウレタン樹脂をベースにした現実的なアップデートとして、Zelas™ AMPの意味合いが伝わるのか。その「評価の前提づくり」から一緒に模索している段階です。

現場に近い先生方と議論しながら、一つひとつ条件を詰めていけるのは、私たち単独では絶対にできないプロセスだと感じています。時間はかかりますが、その先に「現場で本当に使える一歩」につながっていくことを期待しながら、共同研究を進めているところです。

桝田医師: 臨床側としては、「どんなシーンで本当に困っているのか」をイメージしながら、それをどう模擬環境としてデザインするかを、研究チームと一緒に議論しています。心臓血管外科講座としても新しい取り組みになるため、院内の有識者の先生方にアドバイスをいただきながら、九州大学の田中賢先生にも参画していただいて、評価系そのものの設計から検討を進めているところです。まだ道半ばですが、だからこそ拙速に結論を出すのではなく、「現場の課題をきちんと反映した評価になっているか」を確認しながら、一歩ずつ前に進めていきたいと考えています。

―― 最後に、医療機器メーカーの開発者へ伝えたいメッセージはありますか。

佐伯: Zelas™ AMPは、まだ「最強の新素材です」と胸を張って言える段階ではありません。塩化ビニル樹脂やウレタン樹脂といった、血液接触で実績のある材料系をベースに、Zelas™ AMPのテクノロジーを用いて機能を高めていくことで、現場にとって意味のある変化を届けられるのではないか。そう信じて、医療機器メーカーや医療現場の皆さまと一緒に、これからの可能性を探っていきたいと考えています。

References

[1]三菱ケミカル株式会社. 印 Welset Plast Extrusions社の塩ビコンパウンド事業買収について. ニュースリリース. 2018.
https://www.m-chemical.co.jp/news/2018/1204622_7465.html
[2]三菱ケミカル株式会社. インドにおける塩ビコンパウンド事業買収完了及び熱可塑性エラストマー製造設備新設について. ニュースリリース. 2019.
https://www.m-chemical.co.jp/news/2019/1206327_7467.html
[3]三菱ケミカル株式会社. 北米 AdvanSource Biomaterials Corporation社のウレタン系熱可塑性エラストマー事業買収について. ニュースリリース. 2019.
https://www.m-chemical.co.jp/news/2019/1207873_7467.html
[4]大阪大学医学部附属病院 心臓血管外科
公式サイト. https://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/surg1/index.html
[5]大阪大学医学部附属病院 心臓血管外科 「バイオデザイン 桝田浩禎」
https://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/surg1/features/08.html
[6]九州大学 先導物質化学研究所 ソフトマテリアル学際化学分野 田中賢研究室
研究室公式サイト. https://www.soft-material.jp

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ポリマーコンパウンズビジネスグループ 日本本部

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