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臨床ニーズから始まるZelas™ AMP開発ストーリー#2

第2回:医療現場で見えた「素材の課題」

概要

三菱ケミカルのメンバーは、大阪大学ジャパンバイオデザインを通じて大阪大学医学部附属病院 心臓血管外科の現場に入り、手術や集中治療の様子を観察した。第1回では小口径人工血管の課題を中心にお伝えしたが、現場ではそれ以外にも「感染」「バイオフィルム」「抗凝固療法」といった、血液と接触するデバイス特有の問題が常に意識されていた。

第2回では、これらの課題がどのように現場を縛っているのか、そして素材メーカーとして何ができるのかについて、対談を通じて掘り下げていく。

感染と戦う医療現場

―― 血栓だけでなく、感染と、その一因になり得るバイオフィルムも大きなテーマですよね。

佐伯: 手術やその後の集中治療の現場で、インプラントした素材表面にバイオフィルムが形成され、それが感染の原因の一つになっている場面を見学させてもらいました。 「人工物=悪」―先生方の会話から、そうした前提が現場の"常識"として共有されていることを強く感じました。

長い時間をかけて行った手術のあと、感染が原因で再び胸を開け直し、感染源となっている人工物を取り除いて新しいものに交換する。その一連のプロセスを目の当たりにし、「素材が解決すべき問題はまだまだ残されている」と痛感しました。

桝田医師: 心臓外科領域には、人工弁、人工血管、縫合糸、中心静脈カテーテル、透析回路、人工心臓など、血液と触れ合うデバイスが本当にたくさんあります。どのデバイスも血栓や感染と隣り合わせで、その背後にはデバイス表面に形成されるバイオフィルムが関与しているケースも少なくありません。

中心静脈カテーテルなど血管内留置カテーテルが感染源となって起こるカテーテル関連血流感染(CRBSI)による発熱を、臨床現場では「カテ熱」と呼びますが、その際にカテーテル先端にバイオフィルムが確認されることも多いです。

バイオフィルムと感染は細菌や真菌などの微生物が、デバイス表面などに付着して多糖類などの自己産生物質とともに層状の「膜」を形成した状態を指します。抗菌薬が届きにくく、免疫からも守られやすい環境となるため、医療デバイス関連感染症の重要な要因とされています。

 

抗凝固療法と出血リスクのジレンマ

抗凝固療法とは:抗凝固療法は、ヘパリンやワルファリン、直接経口抗凝固薬(DOAC)などを用いて血液を「固まりにくくする」治療の総称です。心臓手術後やカテーテル治療、人工弁・人工血管の留置、血液透析など、多くの場面で標準的に行われていますが、血栓予防と引き換えに出血リスクが高まるというトレードオフを避けられない点が大きな課題です。

―― 血液凝固(血栓)と、抗凝固療法に関する課題についてはいかがでしょうか。

桝田医師: 僕らは多くの患者さんに、血をサラサラにする薬を飲んでもらっています。血栓リスクを下げるためには必要なのですが、一方で消化管出血や脳出血など、別の出血リスクが常に頭をよぎる。「血を固めすぎても困るし、さらさらにし過ぎても困る」という、ちょうどいいバランスを探り続けている感覚ですね。手術中やICUなどで医療機器を挿入・循環させていると血液が活性化して凝固し、どうしても血栓が発生してしまうため、現時点では薬に頼らざるを得ない部分が大きいのが実情です。

佐伯: 患者さんにとっては、「血栓を防ぐための抗凝固療法」と「出血リスク」という、二つのリスクを常に天秤にかけながら治療を続けていくことになりますよね。現場の先生方の苦労を桝田先生からお聞きして「素材の側から支えられる余地があるのではないか」と強く感じました。こうした「日常的に認識されているのに、有効な解決策が乏しい課題」は、まさにバイオデザインでいうところのニーズそのものだと感じました。

桝田医師: まさにそこは、大きなアンメットニーズの一つだと思います。「抗凝固療法そのものをなくす」ことは現実的ではありませんが、デバイス側で血栓形成やバイオフィルム形成のリスクを下げることができれば、必要な薬の量を減らしたり、出血リスクの高い患者さんにももう少し安全に治療を提供できる可能性があります。

現場としては、抗凝固療法と出血リスクの板挟みから少しでも解放される手段があれば、本当にありがたいという感覚です。

佐伯: まさにこのあたりで、「材料側で何かできないか」という思いが一気に強くなりました。血液と触れ合うデバイス側で少しでも血栓・感染・バイオフィルム関連のリスクを下げることができれば、抗凝固療法に伴う医療現場の負担をわずかでも軽減できるかもしれない。そうした「材料側の余地」が、まだかなり残っているのではないかと、現場を見ていて思いました。

桝田医師: 海外では、透析回路側の工夫によってヘパリン投与量を減らそうとする取り組みもあります。ただ、そうした技術の多くはかなり高価で、誰もが使える標準的な選択肢になっているとは言いづらいのが現状です。「技術的には実現できるけれど、コストや供給の面で現実的ではない」というギャップは、心血管分野全体にさまざまな形で顔を出していると感じています。

明らかな課題

―― バイオデザインというと、「まだ気づかれていないアンメットニーズを掘り起こす」イメージがありますが、今回のお話は少し違う印象も受けます。

桝田医師: そうですね。バイオデザイン全体としては、潜んでいるニーズを発見していく側面が強いのは確かです。ただ、血栓や感染、抗凝固療法をめぐる問題は、正直なところ「前から皆が分かっているけれど、「前から皆が分かっているけれど、十分に解決されてこなかった課題、まさにアンメットニーズだと感じています。」

「詰まりやすい」「感染すると大変」「抗凝固療法で出血リスクが上がる」といった問題は、現場ではずっと目の前にある課題です。

佐伯: 先生方が常に血栓や感染、抗凝固療法のバランスを気にされている様子を拝見して、大きな課題なのだと感じました。ただ、現場を見ていないと、その課題に対して先生やスタッフの皆さんがどれだけ苦労されているのか、また患者さんにとってどれほどインパクトが大きいのかまでは、実感として掴めないと思います。

桝田医師: そういう意味では、バイオデザインを通じてやりたかったことは、「新しいニーズを作ること」ではなく、「すでにある問題の重さを企業の方に実感してもらうこと」に近かったのかもしれません。

佐伯: こうして現場で具体的な場面を共有できたからこそ、「アンメットニーズ」という言葉が単なるスローガンではなく、目の前の課題として立ち上がってきたと感じています。

アンメットニーズとは:アンメットニーズ(Unmet Needs)は、医療現場における「いまだ十分に満たされていないニーズ」を指します。既に広く認識されている課題であっても有効な解決策が乏しい場合や、そもそも十分に言語化されてこなかった課題のいずれも含まれます。バイオデザインでは、特定の技術や製品ありきではなく、現場観察やインタビューを通じて「誰の・どんな状況で・何が問題か」を丁寧に整理し、その中から医療上の重要性が高く、いまだ解決されていないニーズ(アンメットニーズ)を起点として、解決策の創出を進めていきます。

そして新たな挑戦へ

佐伯: 素材メーカーとしても、心血管分野は市場規模が限られ、規制や責任も含めてリスクが高いことから、正直「なかなか入りにくい」領域と見なされてきました。加えて、手術現場を実際に見ていないと、課題そのものの輪郭がぼんやりしたままになってしまう。その結果、長いあいだ十分に踏み込めてこなかったのだと、バイオデザインの経験を通じて初めて自覚しました。

桝田医師: でも、だからこそ伸びしろがあるとも言えます。現場としては、いきなり完璧な答えを求めているわけではありません。「今より少しでも良くなる」方向に一歩進める材料やデバイスが出てきてくれれば、それだけでも患者さんにとって大きな意味があります。

佐伯: まさにその「少しでも良くする」方向に、素材メーカーとして、材料でどこまで医療現場に貢献できるのかを試してみたい。それが、抗血栓性熱可塑性エラストマー「Zelas™ AMP」という材料の開発と事業化に、本気で取り組もうと思った背景にあります。

―― こうした現場で見えた課題や、血液に触れる既存材料への問題意識を踏まえて、「では具体的にどの材料技術で応えるのか」という問いに向き合う必要があると感じるようになりました。

第3回では、その問いに対する一つの答えとして、抗血栓性熱可塑性エラストマー「Zelas™ AMP」の開発と大学との共同研究にどのように踏み出していったのかをお伝えします。

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