
PVCフリーIVセットの材料選定・接合・滅菌・薬液適合性―開発時の技術課題と評価ポイント
IVセットのPVCフリー化は、単なる材料置換ではありません。DEHP等の可塑剤に関する規制・リスク管理への対応に加え、チューブの柔軟性、ドリップチャンバーの透明性、接合部の液密性、滅菌後の強度、薬液適合性、量産時の品質再現性を総合的に成立させる必要があります。本稿では、IVセットを構成するチューブ、ドリップチャンバーを対象に、医療用TPS・TPO・PPを用いた材料構成、非PVC化に伴う接合方法の変更、そして材料選定時に確認すべき薬液適合性の考え方を整理します。
PVCフリーのIVセットが注目される背景
PVCフリーIVセットは、PVCチューブを別の材料へ置き換えるだけでは開発できません。チューブ、ドリップチャンバー、スパイク、コネクタの材料構成に加え、接合方法、滅菌後の性能、液密性、薬剤収着、抽出物・浸出物、量産時の品質再現性を、IVセット全体として設計・評価する必要があります。
PVCフリーとDEHPフリーは何が違うのか
「PVCフリー」と「DEHPフリー」は同義ではありません。PVCフリーはPVCを構成材料として使用しないこと、DEHPフリーはDEHP(フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)、DOP)を使用しないことを指します。したがって、DEHP以外の可塑剤を使用した軟質PVC製品は、DEHPフリーであってもPVCフリーではありません。
また、「フリー」の対象範囲や判定基準は製品仕様・顧客要求によって異なり得ます。比較・採用時には、対象部位、対象物質、含有基準および確認方法を個別に確認する必要があります。
用語 | 意味 | 注意点 |
|---|---|---|
PVCフリー | 製品全体、または指定された構成部位にPVC(ポリ塩化ビニル)を使用しないことを指す表現です。 | TPS、TPU、TPO、PP、PE、シリコーンなどが候補となりえます。PVCを使用しないことは、すべての添加剤、フタル酸エステル、塩素系物質、抽出物・浸出物が存在しないことを意味するものではありません。 |
DEHPフリー | DEHP(=フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)、DOP)のみ不使用・不含有を意味する設計が基本です。ほかのフタル酸エステル、例えばDINP、DIDP、DBP等の使用可能性は残ります。 | DEHP以外の可塑剤を使用したPVC製品も含まれるため、PVCを使用しているが、可塑剤種を変更しているケースが該当 |
可塑剤フリー | 一般に、樹脂の柔軟性や加工性の調整を目的とする可塑剤を意図的に配合しないことを指すが、定義範囲が異なるため確認が必要。 | 可塑剤の定義範囲は製品仕様・顧客仕様により異なり得ます。低分子可塑剤だけでなく、高分子可塑剤、二次可塑剤、油剤・エステル系添加剤を含めるかを確認が必要です。 |
フタル酸エステルフリー | 一般に、対象として定めたフタル酸エステル類を意図的に使用しない、または規定濃度未満とする表現です。 | 対象物質の範囲を確認する必要があります。DEHP、DBP、BBP、DIBPのみを対象とする場合もあれば、DINP、DIDP、DNOP、DEPなどを含める場合もあります。 |
PVCへの医薬品の吸着の課題と各国で進む規制
軟質PVCは、柔軟性付与のために可塑剤が添加されますが、可塑剤の中でもDEHP(フタル酸ジ-2-エチルヘキシル)は血液や脂溶性薬液との接触により溶出することが報告されています。
輸液セット(IVセット)の材料選定において、PVCフリー・DEHPフリー化への移行は世界的な潮流になりつつあります。背景には、PVCを柔軟化する可塑剤として使われてきたDEHP(フタル酸ビス(2-エチルヘキシル))への安全性懸念と、各地域の規制・顧客要求の変化があります。
各国ですすむDEHPの規制
日本では、平成14年(2002年)、厚生労働省が医療機関に対し、PVC製医療用具からのDEHP溶出に関する通知を発出しました。新生児・乳児に使用されるフィーディングチューブについては、早期の使用中止と代替品への切り替えが推奨されている他、感受性が高い患者に対しては、優先的に代替品に切り替えるよう配慮が求められています。1)
また、EUではDEHPは「生殖毒性1B物質」として分類されていますが、2023年11月のREACH改正に伴い、医療機器におけるDEHP使用期限が改正されています(申請期限:2029年1月1日、使用期限:2030年7月1日)。2)
また、米国カリフォルニア州では、AB 2300により、対象となる静脈注射用溶液容器については2030年1月1日から、静脈注射用チューブについては2035年1月1日から、意図的に添加されたDEHPの使用が規制されます。適用範囲、定義および例外については、対象製品ごとの確認が必要です。3)
薬効成分吸着による含量低下の懸念
健康リスクのみならず、期待した薬効が十分に得られなくなる例も報告されています。軟質PVCの表面および可塑剤は疎水性であるため、インスリン、ニトログリセリン、ジアゼパムなど、IVセット材料との相互作用や投与中の濃度低下が報告されている薬剤では、チューブを含む接液部品の薬液適合性を確認する必要があります。
実際の患者への投与量の低下やばらつきにつながるため、吸着の少ないチューブ材への切り替えが検討されています。4)5)
PVCフリーIVセットの材料構成
IVCフリーIVセットの材料構成では、部位ごとに求められる特性を踏まえて材料を選定します。
チューブには柔軟性と耐屈曲性、ドリップチャンバーには滴下を確認しやすい透明性と適度な剛性、スパイクやコネクタには機械強度、成形性、接続時の寸法安定性が必要です。
IVセットの材料構成の一覧
IVセット部位 | 従来材料の例 | PVCフリー候補 | 主な検討事項 |
|---|---|---|---|
チューブ | 可塑化PVC | TPS,TPU | 柔軟性、透明性、耐屈曲性、薬液適合性、滅菌適合性 |
点滴筒 | PVC、TPO | TPO(PP系エラストマー) | 滴下視認性、透明性、成形性、チューブとの接合性 |
プラスチックスパイク | ABS、PC、PP | PP、ABS、PC | 剛性、成形性、穿刺性、チューブとの接合性 |
コネクタ・その他部品 | PVC、PC、PP等 | PP、ABS、PC等 | 液密性、接続規格への適合 |
材料構成の変化と課題
従来のIVセットでは、チューブ、ドリップチャンバー、接続部周辺に可塑化PVCが広く用いられてきました。PVCは、可塑剤の添加量を調整することで柔軟性を付与でき、透明性、成形性、接合のしやすさをバランス良く得られるためです。
一方、PVCフリー化では、PVCそのものを医療用TPS・TPE、TPO、PP、PE、TPUなどの代替材料へ置き換えます。このとき、PVCのように一つの材料群で複数部位を構成する考え方から、各部位に必要な機能に応じて材料を使い分ける考え方へ変わります。
例えば、チューブには柔軟性、透明性、耐屈曲性が必要なため、医療用TPSなどの熱可塑性エラストマーが候補になります。
ドリップチャンバーには滴下状態を確認しやすい透明性と、形状を保持する適度な剛性が必要であり、TPO、PP、PCなどの材料が検討対象となります。
プラスチックスパイク、ルアーコネクタ、クランプ等には、接続時や操作時の荷重に耐える剛性、寸法安定性、成形性が求められるため、PP、ABS、PC等が候補になります。
ただし、材料の置換は部品単位で完結しません。PVCは極性材料であり、高周波溶着や接着剤接合を用いた組立工程が確立されています。
対して、PP、TPO、TPSなどのポリオレフィン系・エラストマー系材料は非極性であり、同じ接合条件をそのまま適用できない場合があります。PVCフリー化では、接着剤、プライマー、超音波溶着、レーザー溶着などを含め、材料の組み合わせに応じてアセンブリ工程を再設計する必要があります。
PVCフリー化で起こる接合・評価課題
PVCフリーのIVセットでは、材料を置き換えた後に「接合できるか」だけでなく、量産工程において安定して「必要な液密性・強度・外観を維持できるか」を検証する必要があります。主な技術課題は次の3点です。
1:材料同士が接着しにくい
TPS・TPO・PPは非極性材料であり、従来PVCで用いられていた接着剤や接合条件では十分な強度を得られない場合があります。プライマー、接着剤、表面処理、接合面設計を組み合わせて評価する必要があります。
2:アセンブリ方法の変更
非極性材料同士の接合には超音波溶着や、レーザー溶着、また非極性樹脂専用の接着剤などの選択肢があります。 材料の変更により、アセンブリ方法は大幅な変更が必要になるケースがあるため、製造者にとっては大きな開発課題となります。
3:滅菌方法の選択
EO(エチレンオキサイド)滅菌やオートクレーブ等の滅菌後に、材料物性、透明性、接合強度、液密性が維持されることを確認します。材料ごとの滅菌適合性だけでなく、最終アセンブリでの評価が必要です。パーツのアセンブリに接着剤を用いた場合においては接着剤の種類も考慮した滅菌方法の選択が必要です。
近年、ガンマ滅菌などの放射線滅菌が、その利便性から比率が高まっており、PVCフリーIVセットにおいても、滅菌方法をより簡便な放射線滅菌が選択される機会も増えてくると予想されます。
三菱ケミカルが新たに開発したZelas™TPSのガンマ線滅菌対応シリーズでは、ガンマ線照射後の黄変を抑制するよう処方設計されており、所定の照射条件下で物性を維持することを確認しています。
Zelas™による材料・接合方法の提案
医療用コンパウンド樹脂 Zelas™
三菱ケミカルのZelas™は、医療・医薬用途を想定したポリマーコンパウンドです。
上市した材料タイプとしては、TPS、TPO、CPの3タイプが展開され、適格原料の使用、ISO 9001認証取得コンパウンドラインでの生産、各国薬局方・生物学的安全性規格への対応、変更管理の考え方を備えた医療・医薬分野向けの材料として、長年にわたり医療機器、医薬品包装で使用実績があります。
推奨する材料構成
IVセット向けには、チューブにTPS、ドリップチャンバーにTPO、スパイクにPPを組み合わせ、部品ごとの機能と接合性を両立する構成が考えられます。これらの材料種の組み合わせは、非極性の樹脂で構成されており、材料の性質が似ているため、材料の極性や溶融特性が近い組み合わせでは、熱接合や接着剤の選定がしやすくなる可能性があります。
極性樹脂の非PVC材料での組み合わせ(チューブTPU、ドリップチャンバーPCなど)、非極性樹脂の非PVC材料での組み合わせ(チューブTPS、ドリップチャンバーPP系/Zelas™TPO)とすることで、アセンブリの選択肢が広がります。
ただし、最終的な接合性は材料グレードと部品形状ごとに検証する必要があります。

各パーツの接合方法
接合方式としては、PVCのIVセットでは、溶剤を用いた接着や、高周波ウェルダーを用いた接合を用いるのが一般的でした。
非極性樹脂同士の接合は、アセンブリには接合様式や接着剤種の選択が大切になります。
Zelas™では、対象グレードと接合相手材に応じて、接着剤接合、超音波溶着、レーザー溶着、熱溶着などの接合方法を検討できます。適用可能な接合方法と条件は、材料グレード、部品形状および要求性能によって異なります。
詳しい接合データについては、下記資料をダウンロードして、詳細をご確認ください。

特定の薬剤では、材料への吸着にも注意する
IVセットの材料選定において、すべての薬剤で薬剤吸着が主要な課題になるわけではありません。
インスリン、ニトログリセリン、ジアゼパムなど、IVセット材料との相互作用が報告されている薬剤を投与する場合、保存容器のみならず輸液セット全体、チューブを含む接液部品の薬液適合性を確認することが重要です。
特にチューブなどに使用されるエラストマー素材は、薬剤が材料表面に吸着したり、樹脂内部へ拡散・吸収されたりする現象を、総称して収着(sorption)と呼びます。
実際に、三菱ケミカルにおいても評価を実施したところ、塩化ビニル樹脂とスチレン系エラストマー(TPS)では、薬剤の収着による濃度低下が確認されています。
Zelas™ TPS MP8205Cと医療用PVCの押出シートを用い、ジアゼパム10 mg/Lに対する濃度残存率をHPLCで2時間後および24時間後に比較しています。 Zelas™ TPS MP8205Cが医療用PVCより高い濃度残存率を示しており、当該試験条件下で低吸着傾向を示す結果となっています。 下記資料より内容をご確認ください。

対象薬剤、チューブ内径・肉厚・長さ、流量、接触時間、薬液濃度、温度、接液表面積、滅菌条件、ドリップチャンバーやコネクタを含む構成によって結果は変わります。薬剤適合性を重視する製品では、最終IVセット・実使用条件での評価が必要です。
医療用TPSは、PVCフリーIVセットのチューブ候補として、柔軟性、透明性、軽量性、熱安定性、可塑剤フリーという特性を組み合わせて検討できます。特定の吸着感受性薬剤を扱う用途では、PVCとの比較評価を材料選定の参考情報として活用できますが、「TPSだからすべての薬剤で低収着」、あるいは「PVCフリーだから薬剤吸着の懸念が不要」とは言えません。材料グレード、添加剤、成形状態、IVセットの部品構成、使用条件によって結果は異なるため、対象薬剤別の評価計画を設計段階から組み込むことが重要です。
開発支援について
PVCフリーIVセットへの移行を成功させるには、材料を置き換えるだけでなく、チューブ、ドリップチャンバー、スパイク、コネクタの構成と、接合方法、工程条件、液密性、滅菌後の物性、抽出物・溶出物、薬液適合性、量産時の品質再現性を一体で設計することが重要です。
材料スクリーニングから接合方式の選定、試作部品での強度・液密性評価、最終IVセットでの薬液適合性・滅菌後評価までを段階的に進めることで、開発初期から課題を把握し、手戻りを抑えることができます。とくに薬剤適合性は、材料の代表値やシート評価だけで判断せず、対象薬剤と実使用条件に基づいて確認する必要があります。
三菱ケミカルは、材料提案にとどまらず、接合、工程条件の最適化、お客様の技術検討を支援します。
具体的な材料構成や評価方法をご検討の際は、お問い合わせください。
よくある質問(FAQ)
Q1. PVCフリーIVセットには、どのような材料構成が考えられますか?
チューブに医療用TPS、ドリップチャンバーにTPO、プラスチックスパイクに医療用PP、その他部品にPP、ABS、PC等を組み合わせる構成が考えられます。材料の組み合わせがPVC中心から非極性材料中心へ変わるため、接合方式も併せて設計します。
Q2. IVセットのチューブをPVCからTPSへ変更する際、何を評価すべきですか?
柔軟性、透明性、耐屈曲性、成形性、滅菌適合性、接合性に加え、対象薬剤に対する薬液適合性を確認します。特定薬剤を取り扱う場合には、最終IVセット・実使用条件で濃度残存率や抽出物・溶出物を評価します。
Q3. ドリップチャンバーにPP系エラストマー(TPO)を用いる理由は何ですか?
三菱ケミカルの点滴筒向けのTPOのグレードは、滴下状態を確認しやすい透明性と、成形に必要な柔軟性・剛性のバランスを検討できる材料です。TPSチューブやPPスパイクとの接合設計も含め、PVCフリー構成の候補として検討できます。
Q4. PVCフリーIVセットで超音波溶着と接着剤接合はどのように選び分けますか?
部品形状、材料の組み合わせ、要求する液密性・強度、量産時の再現性、抽出物・溶出物リスクに基づいて選定が必要です。また接合方法によっては、パーツ形状を選ぶものもあるため、製造工程を考慮して選択していく必要があります。また、素材種類、グレードの相性により、接合強度は変わる可能性があります。
Q5. PVCフリー化すれば、薬剤吸着の懸念はなくなりますか?
なくなるとは限りません。薬剤の性質、材料種、樹脂の構成成分、添加剤、成形状態、接液面積、流量、接触時間で収着は変わります。吸着感受性が懸念される薬剤では、最終IVセット・実使用条件での評価が必要です。
参考文献
1)独立行政法人医薬品医療機器総合機構,医薬安発第1017002号”ポリ塩化ビニル製の医療用具から溶出する可塑剤(DEHP)について https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/devices/0116.html
2)European Commission. Commission Regulation (EU) 2023/2482 of 13 November 2023 amending Regulation (EC) No 1907/2006 of the European Parliament and of the Council as regards the substance bis(2-ethylhexyl) phthalate (DEHP) in medical devices. Official Journal of the European Union, L 2023/2482, 14 November 2023. https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2023/2482/oj
3)California State Legislature. Assembly Bill No. 2300, Chapter 562: Medical devices: Di-(2-ethylhexyl) phthalate (DEHP). Approved by Governor September 25, 2024. California Health and Safety Code, Division 104, Part 3, Chapter 18, Sections 109050-109052. https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billNavClient.xhtml?bill_id=202320240AB2300
4)Treleano, A. ; Wolz, G.; Brandsch, R.; Welle, F. Int. J. Pharm., 2009, 369, 30-37.
5) Baker, R. C.; Josephson, R. L. Drug Intell. Clin. Pharm., 1983, 17, 726–731.



